代表プロフィール


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つくば新都心社労士事務所の代表、中山信行(なかやまのぶゆき)です。

小学生来の私のプロフィールを書いてみました。皆様と相通じるところがあるかもしれません。

少々長文ですが、お付き合い下さいませ。 

 

私は、1982年6月2日に常総市に生まれ、小学校2年生から野球少年でした。上級生に交じった公式戦デビューは、小学校3年生。デビュー戦の戦績は、9番セカンド、「3打数3三振、1四球。自身の盗塁死によるゲームセット」という散々たる結果でした。今思えば、なぜあの時盗塁したのか?という自責の念にかられます。

小学校6年でキャプテンを務め、小さい体ながらチームをまとめていました。
1学年下の5年生は一人もいなくて、我々のチームを最後に他チームと合併したので、最後のキャプテンだったのです。今思えば、当時から少子化はとっくに進んでいたということでしょう(まぁJリーグの開幕で、サッカー少年が増えたということもありますが・・・)。

 

中学校でも野球部に入り、中学校では「奇跡の大打者」ならぬ「奇跡の代打者」でした。ここぞというところで登場するのですが、「ここで一発ホームラン!」というよりは、「確実に点取りにいく系」です。バントと転がすことには自信がありました。

 

高校では下妻二高の野球部に入部し、日夜練習に励んでおりました。高校3年次に、取手二高時代に三塁手として全国制覇された小菅勲先生が着任し、3か月半の指導を受け、甲子園に行くはずでしたが、シード校にもかかわらず、初戦敗退してしまいました。

「もうちょっと時間があれば・・・」と今でも思っています。

私が大学4年次に夏の甲子園出場を果たしていただき、一気に有名になりました。


高校卒業後は白鴎大学に進学し、4年在学中に社労士試験に合格しました。企業に就職するつもりがなく、最初から社労士事務所勤務志望でしたので、就職活動もしておりませんでしたので、社労士試験一本に絞っていました。

大学4年次に合格したはいいものの、当時の社労士事務所では、新卒採用という概念があまりなかったように思います(今でこそ、新卒で採って教育していくという事務所も多く出てきていると思います。)。

おそらく、「試験に受かっただけで、実務は未経験」という理由で、面接にもなかなか至りませんでした。


ご縁があり、神奈川県内の社会保険労務士・税理士事務所において6年間、経営者の課題や悩み、お困りごとを徹底的にご支援しておりました。

 

社会保険労務士に限らずですが、「○○士」という業界は、旧来「先生商売」とも言われていたせいもあるのか、「サービス業」という観点からいうと、到底サービス業とはいえない土壌だなと思ったのは、入社して1年くらいたったころでしょうか?
以来、電話の取り方、接遇から、お客様対応、料金明示から契約書締結まで、業界に抜けがちなところも補完して、業界のサービス業化にも積極的に取り組みました。

平成29年3月で、ちょうど社労士業界12年が終わり13年目に入りしましたが、業界的にもまだまだ若手ではありますが、業務量は修業時代も含め、通常の2倍程度はご支援をさせいていただいたと思います。とにかくこの業界は「経営者に認められてナンボ」ですから、仕事を覚えるのに必死で、はやく経営者に認められようという一心だったのだと思います。

業界在職年数は12年(29年3月現在)ですが、経験値はその倍に至っていると自負しております。

 

趣味は、長女が生まれたときに買った、入門機の一眼レフですが、こちらはおおいに修行中です・・・(汗)

家族構成は、妻一人(当たり前か…)、長女9歳、次女7歳、長男4歳の5人家族です。

 

最近は、子育ての難しさも痛感しております(痛いほど。。。)。
ワークライフバランス、長時間労働の抑制などと、声高に叫ばれる中、やはり、仕事を中心にしつつも、家族との時間、コミュニケーションを確保する時間は必要なのだと改めて感じさせられる、今日この頃です。

 

つくばの社労士中山信行のブログ

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